FC2ブログ

キベベワールド

「メガネの一心堂」の店長が、タメになること・ならないことをつづります

国語の授業

私は、子供のころ「読書感想文」を書くのが苦手でした。

本を読むのは好きでしたが、「面白い」という感情を持つだけで、何かしら感銘を受けたとか、影響を受けたいうことはほとんどなかった気がします。
なので、感想と言われても、気の利いたコメントができませんでした。

これは中学生の時に使った、国語教科書です。

ixy_20150115_13.jpg


中学・高校を通して国語の教科書の中で印象に残っている作品は一つだけです。

中一のとき、一番最初に授業で取り上げた、高田敏子氏による「心を伝える」というもの。

言葉には、意思を伝えたり用事を果たしたりして実用的に使われるものと、心を伝える言葉として使われるものとに大別されるとし、例を交えて説明をしています。

その一節を、引用します。(光村図書 国語一 昭和58年発行 15〜16頁)

(引用開始)

駅の売店に勤めているA子さんが、こんなことを言いました。

「わたし、この仕事につくとき、お客様には、できるだけ親切にしてあげようと決めたのですよ。
でも、いざ店に立ってみると、『ありがとうございます。』などとていねいに言っているひまはありません。
『はい。』と言って次々に早く品物をわたし、おつりを出してあげるのが、いちばんの親切だということがわかりました。
だって、みんな大急ぎで電車に飛び乗っていくのですもの。」

A子さんの言うとおり、駅の買い物はみんな大急ぎ。
それで言葉も実用だけで簡潔にすますことが、使い方としてふさわしいのです。
でも、ふだんいつも、こうした実用だけの言葉ですますとしたら、さびしい思いになることでしょう。

「どうぞお茶を。」と言うときの「どうぞ」は実用ではなく、相手にお茶をすすめる心を表す言葉。
もしこの言葉がなく、「お茶。」「ごはん。」と言うだけで差し出したとしたら、お客様は、おいしくいただく気にはならないでしょう。

(引用終わり)


この作品では、「心を伝える言葉」の大切さ、みたいなことを述べられていましたので、生徒の読後感想も「人の嫌がるようなことは言わないようにしたい」といった「言葉」に関するものでした。
が、私の感想はと言うと「A子さんの会話を読んで、何が『親切』なのかは、時と場合によって異なるのだ、ということがわかった」でした。

何か、ピントがずれていますけれども、言葉が大切とかいうのは当たり前のことで、私はA子さんの言葉にこそ「なるほど、奥が深い」という印象を持ったのです。
そして、このA子さんの言葉以上に「なるほど」と思ったのは、以降の国語の授業ではありませんでした。

それは、掲載されていた作品の内容がどうこうというよりも、各作品の著者の顔写真に落書きをしていたことからもうかがえるように、

1502081.jpg
(光村図書 国語一 昭和58年発行 139頁)

単に授業をまじめに聞いていなかったせいなのかもしれませんが。


関連記事
  1. 2015/02/08(日) 23:34:35|
  2. 私が若かったころ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

<%template_post\comment>


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
https://optkibebe.blog.fc2.com/tb.php/2364-9225d722
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)