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キベベワールド

「メガネの一心堂」の店長が、タメになること・ならないことをつづります

バレーボール

私は中学生の時、バレーボール部に入っていました。

先輩や、一部の同学年との折り合いがよくなかったので、お世辞にも楽しかったとは言えず、学年末のレクレーション大会のバレーボールで鬱憤を晴らすような感じでした。

高校のときの球技大会では当然のようにバレーボールに出ましたし、大学のときにはサークル仲間でバレーボールをやることもたまにあり、いずれも楽しくプレーできました。

私は身長は169cmくらいなのですが、垂直跳びが75cm以上あったので、最高到達点が2m80cmちょっとでした。一方、球技大会とかレクレーションで設定されるネットの高さは成人女子のネットの高さ、2m24cm近辺なので、普通にジャンプすれば私の身長でもネットを気にせず、いろいろできたわけです。

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高3のときの球技大会の一コマ(白黒のシャツでブロックに飛んでいるのが私)。


ダイエー時代には、会社が「オレンジアタッカーズ」という女子バレーチームを持っていたこともあってかどうか知りませんが、全店対抗バレーボール大会というのがありました。
このときは、ネットの高さが成人男子と同じ(2m43cm)だったかもしれません。

運悪く、兵庫県予選の一回戦で、全国大会で優勝したハーバーランド店と当たってしまい、私は得意の無回転サーブで貢献したものの、フルセットの末敗れて終わりました。
これが、体が自由に動いた最後の試合です。


眼鏡学校での球技大会、専攻生でチームを組んで出場しましたが、このとき私は全盛期より10㎏以上太っており、非常に体が重たかったです。
それでも頑張って跳べるだけの余力はあったのですが、サーブ1つ、レシーブ1つとっても、以前と全然違うなと、限界を感じ始めたときでした。


そして引導を渡されたのが留学時代。
学校でバレーボール大会があり、仲間たちと出場しました。

大会前に練習をしたのですが、まともなスパイクが全然打てないんですね。
イメージは昔のままなのに、ネットの上端にボールが引っかかることが多く、それを意識すると吹かしてしまうわけです。
なぜかと考えると、理由は簡単でした。
跳べてないんです、ベスト体重だったころのように。
たとえれば、10㎏オーバーの米袋を腰に下げて、衰えた脚力で、常に70cm以上跳べるかといったら、まぁ大変なわけですよ。
そんな状況で必死に動いていたら、翌日、身動きできないくらいの筋肉痛になり、翌々日の1試合目にはまともに動けず精彩を欠きました。

試合は3~4週間くらいかけて行なわれた気がしますが、勝てば優勝という最終戦でもイメージ通りのプレーができず、結局負けちゃいました。

草野球ならぬ「草バレー」レベルであっても、昔ならできたはずのことができないというのは、ものすごくミジメです。
このとき、私は体力の限界を感じ、現役を引退することを決意したのです。
以後、ボールに触る機会はありません。

地域に「パパさんバレー」みたいなのがあったら、参加してみたいなという気持ちもありますが、足を引っ張った挙句に怪我をして終わりのような気がするので(特に手指を怪我したら仕事ができませんし)、「見てるだけ」が一番いいのかもしれません。

赤い練習着にそでを通す日は、果たして来るのか?


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  1. 2013/01/20(日) 23:55:18|
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