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キベベワールド

「メガネの一心堂」の店長が、タメになること・ならないことをつづります

冨士・はやぶさ

私は鉄道好きです。

といっても「鉄道ファン」をはじめとする専門誌の内容をくまなく理解できるほどの知識はありません。
写真を撮ったり、全線乗りつぶしをしたりといった、特定のジャンルに傾倒しているわけでもありません。
自動車のことはさっぱりわかりませんが、国内の鉄道に関する初歩的な話題にはついていけそう、というレベルです。

昨年、私にとっていろいろと思い出深いものがあった寝台急行「銀河」が廃止になりました。
そして今日を最後に、私が唯一乗車したことのある寝台特急、「はやぶさ」が廃止になります。
(正確には「富士・はやぶさ」ですね)


私が「はやぶさ」に乗ったのは中学2年の夏休みのことでした。
当店で修行をされていたかたが、佐賀県伊万里市で独立をされていまして、そのお宅へ遊びにうかがったのです。

両親は仕事がありましたので、私ひとり、往路は福岡までは飛行機で、そこから地下鉄と筑肥線を乗り継いで到着しました。
4泊か5泊させていただき、復路は博多から「はやぶさ」に乗車です。

当時、東京と九州を往復する寝台特急は「さくら」「富士」「みずほ」「あさかぜ」「はやぶさ」がありましたが、その時点で日本最長距離特急の座に就いていた「はやぶさ」に乗ってみたかったのです。

日本交通公社の人には「贅沢ですね」と嫌味っぽく言われましたが、当時としては一番寝台料金が高かった、個室A寝台の切符を買ってもらっていたので、乗車するのがすごく楽しみでした。

そのときのに撮った室内の写真、実家から引っ張り出してきました。
kositu.jpg
kositu2.jpg

今でこそ、B寝台にも個室がありますが、当時としては豪華というか、特別な空間であったことは間違いないでしょう。

寝たらもったいない、だけど寝なきゃ寝台車の意味がない、というジレンマに悩まれつつ、広島を過ぎるころに寝た記憶があります。

帰宅することを考えれば、横浜で下車するのが早いのですが、東京駅まで乗りました。

東京駅で撮った写真
hayabusa.jpg

おみやげに寝台特急のヘッドマーク付きのタオルが用意されてあって、大事に持って帰りました。
一度も使わないまま、実家に置いてあります。

私が乗車した寝台列車で、まだ残っているのは急行「きたぐに」だけです。
現在は大阪から新潟を結んでいます。
新幹線の整備がされていない北陸路においては、まだしばらく活躍し続けるのではないかと思いますが、いずれ廃止されるときがくるのでしょう。

ありきたりな言葉ですが、世の中の流れがどんどん高速化していく中で、寝台列車が次々と廃止されていくのは、仕方なくもあり、さみしくも感じます。
  1. 2009/03/13(金) 23:56:40|
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